新日本婦人の会 世田谷支部
「胸にたぎる同じ願いに声を合わせ、みなさん一つになりましょう」―1962年10月19日に新日本婦人の会が創立。
その翌年の2月10日、「愛する家族とともに平和に暮らしたいという、ごく当り前な誰でもが持つ共通の願いのもと、思想・信条を超えて集まりましょう」と、三宿小学校で結成大会が開かれ、「下北沢、豪徳寺、新町、祖師谷、奥沢、赤堤、松原、砧、烏山、太子堂、成城、北町、経堂、八幡山、上北沢、世田谷税務事務所、区役所、松沢病院、梅ヶ丘病院、学校、母子保健院」など20余班、325名で世田谷支部がスタートしました。
その時提案されたのが、
- 保育所が欲しい
- 高校全入の運動をもっと広げましょう
- 物価値上げに反対しましょう
- 日韓会談を止めさせましょう。
という4つの課題でした。(新婦人世田谷支部15年の歩み・『親子鳩のうた』から抜粋)
『新婦人しんぶん、1963年2月28日号』に門田昌子さんの通信として、「早く支部結成を!の念願かなって、2月10日、世田谷結成大会。各班ご自慢の生け花や手芸品、会員の女流画家の作品なども展示。母親大会、婦人民主クラブなどからお祝いの言葉を頂きました。新婦人をもっと大きくしようと、みんなあらたな気持ちになりました」と書かれています。
安保闘争以後、自民党政府の歪んだ政治を正して、国民一人ひとりの暮らしやいのちが大切にされる社会を作りたいと結束する50年前の先輩たちのパワーが伝わって来ます。
今年新婦人は創立50年を、来年の2月10日には、世田谷支部も創立50年を迎えます。
半世紀にわたって、「5つの目的」の実現を目指して草の根から積み上げて来た私たちの行動は、憲法改悪を許さず、核兵器廃絶へと世界を動かす確かな力となっています。また、女性の権利向上を勧め、歴史を切り開いてきた日本女性そのものの歩みです。